さよならH5

2008年06月06日 17:04

中央快速線における車両の取替え(E233化)もほぼ終了し、201系は立川〜三鷹間の高架化工事による運用増のために2編成が残ることとなった。

最近ではH4・H5・H7の3編成が運用に就いていたがH4が東京総合に入場した。そしてH4の帰りを待つことのないままH5が昨日旅立った。ここではH5(元H14編成)最後の記録を載せていきます。



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文句なしの快晴。そして最後の晴れ姿・・・やっぱり特快ヘッドマークが似合いますね。



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豊田電車区の裏へ。H1編成4両はここにいました。






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豊田を発車するH5を狙おうとしたらH7が出庫してきました(画面右奥)。今となっては貴重な離合シーン。



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八王子で返しの東京行きを狙う。後ろにいるのは山手から引っ越してきた205系。


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このあと普通列車で鳥沢まで先回り


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有名所なのに今回初めて来ました。川の水も綺麗だし、小鳥たちの鳴き声が癒しを与えます・・・


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川原へ降りてきました。釣り人がたくさんいます・・・夏のような光景です。


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普段は東京のビル軍の中を縫うように走るオレンジの車体が、大自然の中を快走します。


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こうして見ると橋の高さがよく分かりますね。東京では決して撮ることのできない、山線ならではの醍醐味です。


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夕方は御茶ノ水へ。電気街の明かりが鮮やかです。ここでは一般の人も撮影していました。


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高尾でバルブ撮影。大月での撮影と雰囲気が似ています。。。



この日はこれで終了。翌日は仕事ですが時間が合ったのでH5最後の「通勤特快」を撮影しに・・・

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前面窓に貼られたガムテープが痛々しい・・・通勤客を乗せて都会へ向かう。



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仕事が1昼夜制の勤務では2日家に帰れないことも多く、帰ってきたときにはH5は既に運用を離脱し「廃回レーン」にいました。編成札も撤去され、翌日に迫った廃車回送を待つ姿・・・よーく見ると前面窓の左上。運用番号表示機の下辺りに何か小さいものが貼ってあります。




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拡大するとこんなものが。乗務員さんも思い入れがあるのでしょう。みんな旧型と言うけど、201系は元祖「省エネ電車」なのです。


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ここで幾度となく廃車となる編成を見送っていました。いつの間にか3編成にまで減ってしまった。この時期になって気付いた。2年前までは中央線は201系オンリーだった。その時は湘南電車113系や103系を追いかけていた中で、まだ中央線は撮影対象ではなかった。




19の『卒業の歌』の歌詞「終わることを意識し始めた時、急に時間は形を変えた退屈だと叫んでいたなんでもない毎日が今では宝物です・・・」

まさにその通りです。201系だらけだった頃、トップナンバーH1、霜パン付き分割編成、バケットシート搭載のT14、サハ201−1連結のT1、数年前は塗装がボロボロで真っ先に廃車になると思ってたのに、最後のT編成として最後まで駆け抜けたT2・・・


家のアルバムには思い出が詰まっています。そんな201系との別れまで、1年をきりました。いよいよ最後のカウントダウンです。中央線を『オレンジの光』が走り続ける限り、カメラを持って思い出作りは続きます。



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